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終章 1

last update Last Updated: 2025-05-20 09:03:37

「あ……そ、そのすまない。突然抱きしめてしまって」

ルシアンは慌ててイレーネの肩を掴むと、そっと自分から引き離した。

まだ気持ちを告げていないのに、抱きしめてしまったことに罪悪感を抱いたからだ。

「ルシアン様、どうしてこちらに? ここは……」

「分かっている。イレーネの実家だろう? 借金返済のために売却していた大切な場所だ」

ルシアンの言葉にイレーネは気付いた。

「え……? まさか……この家を買ったのは……?」

「そう、俺だ。リカルドから実家の住所を聞いて、売却されていた金額より上乗せして買い上げたんだ。そのお金は……君名義の通帳にもう振り込んである」

「そうだったのですか? それではこの家が退職手当で、振り込まれたお金が退職金ということになるのですね?」

「は……?」

あまりにも見当違いのイレーネの言葉にルシアンは言葉を失う。

「でも、本当に頂いてよろしいのですか? まだ4ヶ月しか働いていませんでしたし、結局契約妻の役割も果たしておりませんでしたのに?」

首を傾げるイレーネ。

「いやいや、ちょ、ちょっと待ってくれ。俺が何故ここに現れたのか疑問に思わないのか?」

「え……と……そうですね。家の管理をする為……? もしくは私に……」

「そう、それだよ!」

「連絡するために、いらして下さったのですか?」

「はぁ!?」

何処までも鈍いイレーネに、ついにルシアンは我慢できなくなった。

「違う! そうじゃない!」

ルシアンは再び、イレーネを引き寄せると強く抱きしめてきた。

「ルシアン……様……?」

「イレーネのことが好きだから、ここまで来たに決まっているだろう!?」

その言葉にイレーネは耳を疑う。

「え……? で、ですが……ルシアン様はベアトリス様と婚約を……」

するとルシアンはイレーネから身体を離し、肩に手を置くと尋ねた。

「君は新聞記事を読んでいないのか?」

「……はい……」

イレーネは目を伏せて頷く。

「そうか……なら、知らなくても当然だな。俺とベアトリスの話は、全くのデタラメだ。レセプションから2日後の新聞には、訂正記事が掲載されたんだ。俺のインタビューつきでな。ベアトリスの話は嘘で、本当は婚約なんかしていないって。そして俺には別に大切な女性がいると記述されている。それが誰のことかは……もう分かるよな?」

じっとイレーネの目を覗き込むルシアン。

「それって……まさか
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  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   終章 1

    「あ……そ、そのすまない。突然抱きしめてしまって」ルシアンは慌ててイレーネの肩を掴むと、そっと自分から引き離した。まだ気持ちを告げていないのに、抱きしめてしまったことに罪悪感を抱いたからだ。「ルシアン様、どうしてこちらに? ここは……」「分かっている。イレーネの実家だろう? 借金返済のために売却していた大切な場所だ」ルシアンの言葉にイレーネは気付いた。「え……? まさか……この家を買ったのは……?」「そう、俺だ。リカルドから実家の住所を聞いて、売却されていた金額より上乗せして買い上げたんだ。そのお金は……君名義の通帳にもう振り込んである」「そうだったのですか? それではこの家が退職手当で、振り込まれたお金が退職金ということになるのですね?」「は……?」あまりにも見当違いのイレーネの言葉にルシアンは言葉を失う。「でも、本当に頂いてよろしいのですか? まだ4ヶ月しか働いていませんでしたし、結局契約妻の役割も果たしておりませんでしたのに?」首を傾げるイレーネ。「いやいや、ちょ、ちょっと待ってくれ。俺が何故ここに現れたのか疑問に思わないのか?」「え……と……そうですね。家の管理をする為……? もしくは私に……」「そう、それだよ!」「連絡するために、いらして下さったのですか?」「はぁ!?」何処までも鈍いイレーネに、ついにルシアンは我慢できなくなった。「違う! そうじゃない!」ルシアンは再び、イレーネを引き寄せると強く抱きしめてきた。「ルシアン……様……?」「イレーネのことが好きだから、ここまで来たに決まっているだろう!?」その言葉にイレーネは耳を疑う。「え……? で、ですが……ルシアン様はベアトリス様と婚約を……」するとルシアンはイレーネから身体を離し、肩に手を置くと尋ねた。「君は新聞記事を読んでいないのか?」「……はい……」イレーネは目を伏せて頷く。「そうか……なら、知らなくても当然だな。俺とベアトリスの話は、全くのデタラメだ。レセプションから2日後の新聞には、訂正記事が掲載されたんだ。俺のインタビューつきでな。ベアトリスの話は嘘で、本当は婚約なんかしていないって。そして俺には別に大切な女性がいると記述されている。それが誰のことかは……もう分かるよな?」じっとイレーネの目を覗き込むルシアン。「それって……まさか

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   151話 懐かしの我が家

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  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   149話 訪れる人々

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  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   147話 幼馴染との再会

     正午――イレーネは故郷『コルト』に帰って来た。『デリア』とは違い、こじんまりした小さな小都市に降り立ったイレーネは大きく深呼吸すると頷いた。「この空気……懐かしいわ。でも考えてみれば私がこの町を出てから、まだ4カ月しか経過していないのよね……さて。では行きましょう」小さなボストンバッグを一つだけ持ったイレーネは、ある場所へと向かった――****「ルノーさん。お客様がいらしていますよ?」机に向かって、自分の受け持ちの案件を眺めていたルノーは給仕の少年に声をかけられた。「俺に客? 誰だろう? 今日は面会の予定は入ってなかったはずだがな……」すると、少年がルノーに耳打ちしてきた。「誰ですか? あのブロンドヘアの綺麗な女性は。もしクララさんに見られたら何て言い訳するつもりですか?」「は? 一体君は何を言ってるんだよ? 大体ブロンドって……え? 待てよ……。もしかして、その女性の名はイレーネと言ってなかったか?」「はい、そうです。何だ。やっぱり知り合いだったんじゃないですか。いや~それにしても綺麗な人ですね……僕、見惚れちゃいましたよ」しかし、ルノーは少年の話を聞かずに席を立つと扉を見つめた。するとイレーネが笑顔で手を振る姿が遠くに見えた。(やっぱり、イレーネだ!!)ルノーは慌ててイレーネの元へ駆け寄った。「イレーネ!」「こんにちは、ルノー。4カ月ぶりね」「そうだな。とりあえずここを出よう!」イレーネの腕を掴むと、ルノーは足早に建物の外へ連れ出すと振り向いた。「イレーネ、どうしたんだよ? 連絡も無しに、いきなり来るなんて」「ごめんなさい。迷惑だったかしら?」少しだけ落ち込んだ様子で謝罪するイレーネ。「いや、迷惑なんてことは無いよ。ただ、突然訪ねてきたから驚いただけなんだよ」そしてルノーは改めてイレーネを見つめる。4カ月ぶりに会うイレーネは上質なデイ・ドレス姿で、とても美しかった。(たった4カ月しか経っていないのに……一段と綺麗になったな……やはり、結婚したからだろうか……?)イレーネの事情を何も知らないルノーは、結婚したとばかり思い込んでいた。「どうかしたの? 私の顔に何かついている?」「な、何でもない。それで、何故ここへ来たんだ?」「ルノーに会いに来たのよ」のんびりと答えるイレーネ。「え? お、俺に……?」

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   146話 イレーネの気持ち

    「何だって!? イレーネはブリジット嬢のところにいなかったというのか!?」書斎にルシアンの声が響き渡る。「はい、そうです。ブリジット様の様子を見る限り、とても嘘をついているようには思えませんでした」項垂れながらリカルドが説明する。「そ、そんな……!」頭を押さえて、椅子に座り込むルシアン。「ルシアン様……」「くそっ! 友人のところへ泊まると言っていたが……一体、イレーネは誰の家に泊まったんだ!?」頭を抱え……ルシアンは改めて激しく後悔していた。(そうだ。こんなことになってしまったのも……全て俺が原因だ。あまりにもイレーネに感心を持たなさ過ぎたから……いや、違う。彼女のことはずっと意識していた。ただ、自分が彼女に惹かれていることを認めたくなかったからだ……! ベアトリスの件で、俺はすっかり女性不信になっていたから……!)「いかがいたしますか? ルシアン様……」「……こちらでも彼女の捜索は続けるが、連絡が来ることを信じて待とう。それで、リカルド。あの件はもう済んだか?」「はい、滞りなく手続きは終わりました」「そうか、ありがとう。とりあえず、リカルド。お前は引き続きイレーネの捜索にあたってくれ。俺は、昨夜レセプションで挨拶出来なかった取引先相手達と会わなければいけない。昨夜の件で、機嫌を損ねてしまった取引先相手が何人かいるんだ。気が重いが、これだけは避けて通れなくてな」ためいきをつくルシアン。「承知いたしました。とりあえず、昨夜レセプションが開催された会場に足を運んで聞き込みをしてまいります」「ああ、頼む。俺も取引先周りが終わり次第、イレーネを捜索する」そしてルシアンとリカルドは、それぞれ行動に移った……。**** その頃、イレーネは乗客の殆ど乗っていない三等車に乗っていた。「……ごめんなさい、ケヴィンさん……」そしてケヴィンとの会話を回想した――『イレーネさんにはもう、婚約者はいないのですよね? もし……少しでも僕のことを受け入れてくれる気持ちがあるなら、どうか……故郷に帰らないでいただけませんか? お願いです』イレーネに頭を下げてくるケヴィン。(ケヴィンさんは、とても親切で穏やかな方だわ。それにとても誠実な方だし……だけど、私は……)イレーネは自分の正直な気持ちを告げることにした。『ケヴィンさん、お顔を上げていただけ

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   145話 説明する人、憤る人

    「あ! いらしたぞ!」「マイスター伯爵だ!」「伯爵! お話聞かせて下さい!」「ベアトリス様と結婚されるのですか!」記者たちはルシアンが門に近付くと、一斉に質問を始めた。そこでルシアンは声を張り上げた。「皆さん! 落ち着いて下さい! こんなに大騒ぎされては話も出来ません!」するとルシアンの声に記者たちは一斉に静かになる。「よろしいです、皆さん。落ち着かれましたね。ではお話いたしましょう……」そしてルシアンは真実を全て語った。2年前まではベアトリスと恋人同士であったこと。しかし、本格的なオペラ歌手を目指したいからと、手紙だけで一方的に別れを告げられたこと。それからずっと音信不通だったが、今回昨夜のレセプションで偶然再会したこと。そして、ベアトリスが一方的に自分の婚約者だと言ってきたこと全てを。すると次々と記者達が質問を投げかけてきた。「では、世界の歌姫の婚約者ではないということですか?」「ええ、当然です。彼女が『デリア』に来ていることを昨夜初めて知ったくらいですから」「2年前から、本当に一度も連絡をとりあっていなかったのですか?」別の記者が尋ねてくる。「勿論です。こちらは彼女が何処にいたのか、知りもしなしなかったのですから。それどころか、こちらは大迷惑です。第一私にはもう、かけがえのない女性がいます。ですが、相手は一般人なので口にすることは出来ませんが」その言葉に記者達がざわつく。「わざわざご足労いただき申し訳ありませんが、私の口からこれ以上皆さんに伝えることはありません。とにかくはっきり申し上げますが、私とベアトリス令嬢はとっくに終わった仲です! もうこれ以上関わるつもりは一切ありません! ですが……歌姫として、今後の活躍を期待しています。……以上です」ルシアンは笑顔で記者たちを見渡した――**** 一方、その頃――「何ですって!? イレーネ嬢はこちらにいらしていないのですか?」ブリジットの屋敷のエントランスにリカルドの声が響き渡る。「ええ、そうよ。生憎イレーネさんは来ていないわ」「そうですか……」肩を落とすリカルドに、ブリジットが苛立ち紛れに言い放った。「それにしても、一体これはどういうことなの!? ルシアン様の婚約者があの歌姫のベアトリスだなんて!」ブリジットは丸めた新聞紙を手に、憤っている。「はい、

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   144話 それぞれの思い

     8時半――イレーネとケヴィンは『デリア』の駅前に到着した。ケヴィンに馬から降ろしてもらい、荷物を手渡されるとイレーネは笑顔でお礼を述べた。「ケヴィンさん、短い間でしたが本当に色々お世話になりました。どうか、お元気で。警察官のお仕事も頑張って下さいね」「イレーネさん……」すると思い詰めた表情でケヴィンはイレーネを見つめる。「どうかしましたか?」「……行かないで下さい」「え?」以外な言葉にイレーネは驚いた。「昨夜、あんなことになって……『デリア』に残りたくない気持ちは分かりますが……どうか、お願いします」ケヴィンの顔はどこか苦しげだった。「あの……何故でしょうか?」イレーネはケヴィンが何故自分を引き留めようとしているのか分からなかった。するとケヴィンは一歩イレーネに近づいた。「不謹慎なのは分かっています。……こんなことを言われても迷惑に思われるかも知れませんが……僕はあなたに惹かれています。いや、違うな。イレーネさんが好きです。多分、初めて会ったときから」「ケヴィンさん……」思いもしない告白にイレーネの目が見開かれる。「イレーネさんにはもう、婚約者はいないのですよね? もし……少しでも僕のことを受け入れてくれる気持ちがあるなら、どうか……故郷に帰らないでいただけませんか? お願いです」ケヴィンはイレーネに頭を下げてきた――****「……はい。必ず対処します……はい。分かっています。……失礼いたします」ため息をつくと、ルシアンは電話を切った。「伯爵様は何と仰っておりましたか?」その様子を見ていたリカルドが尋ねる。「激怒していたよ。一体どういうことだとね。ベアトリスのことは誤解だと説明したら、早急に解決しろと言われた」「そうでしたか。当主の件は何と言われましたか?」「今更取り消しは出来ないが、ベアトリスの件を解決出来なければ、考え直す必要があると言っていた」「そうでしたか。それでは私はこれからブリジット嬢の御自宅へ伺ってみます」リカルドは上着を羽織った。「すまないな。……だが、本当にイレーネはブリジット嬢の家にいるだろうか……?」「さぁ、こればかりは伺ってみなければ分かりません。では今から行ってまいります」「頼む、俺はこれからベアトリスと話をつけてくる。先ずは、彼女が何処のホテルに泊まっているか調べないと…

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